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自動車のエアバッグは旅を続ける

自動車のエアバッグは旅を続ける

自動車のエアバッグは搭載されている間、私たちの命を守り、ずっと旅を続けます。開かなかったエアバッグは廃棄エアバッグとなります。廃棄エアバッグを使ってバッグを作っているyoccatta TOKYOの伊藤さん。伊藤さんデザインのバッグになる過程で、日本中のあちこちを回ります。バッグとなってからはユーザーと旅を続けるのです。

ファッションとは本来「目に見える」ものであり「見せるもの」


廃棄エアバッグをバッグにするファッションデザイナーの伊藤卓哉さん

伊藤卓哉さんは三宅デザイン事務所・イッセイミヤケで服飾デザイナーとして勤務した後独立。ku:ya designの代表で、オリジナルのブランドを運営する、ファッションデザイナーです。

ファッションとは「鏡に映る自分がカワイイ、カッコいい」ことが大事で、本来は目に見えることが第一。

ファッションはステータスでもあります。車や時計、バッグ、有名ブランドのものを持っていることで自分の価値を上に見せる、そういったこともファッションのひとつの役割でもあります。

そんなファッション界の第一線で活躍されている伊藤さんは、2014年、東京デザイナーズ協議会で行われた廃棄エアバッグの説明会に参加し、開かなかったエアバッグがどうなっているのかを知ります。使われなかったエアバッグはそのまま廃棄されていました。

伊藤さん 「使われてほしくないって思いながら作ってる、そんな仕事があるの? エアバッグ技師の仕事は、尊いなと思った」

ファッションとは真逆で、エアバッグは使われないことが一番いいことです。使われなくて「よかった」。その使われなかったエアバッグを使って、バッグを作る。それがyoccatta TOKYOというブランド名の由来になったのです。


伊藤さんデザインのyoccatta TOKYOのバッグの数々

使われなかったエアバッグは私たちの命を守るために自動車に装着され、ほとんどの場合、見ることも見られることもなく、廃棄されています。自動車の金属部分は再利用されますが、繊維の部分はただ廃棄されることが殆どとなっています。そんな素材を「いとおしい」「しのびない」と言う解体業者は、本来そのまま廃棄してしまえばいいエアバッグをわざわざ取り出し、保管しておいて「使ってください」と言ったそうです。その気持ちに伊藤さんは共感したのです。

自動車の金属部分は再利用されますが、繊維の部分はただ廃棄されることが殆どとなっています。そんな素材を「いつか活用して欲しい」と解体業者は、本来そのまま廃棄してしまえばいいエアバッグをわざわざ取り出し、保管していました。その気持ちに伊藤さんは共感したのです。


yoccatta TOKYOのサコッシュ

伊藤さん 「見えないカッコよさを知ってもらうにはどうしたらいいか。外側をどうすればいいかというテクニックはファッションデザイナーとしての基本だけれど、見えないカッコよさをデザインしたことがない。デザインの中にそれを入れられないかなと考えた」

ただ、「廃棄エアバッグを使って作りました」では十分ではありません。そこにファッションデザイナーとしてカッコいい、カワイイと思わせる何かを取り入れる必要があったのです。

「廃材なのにカッコいい、廃材なのにおしゃれ、廃材をファッションにする。それが使命。ファッションデザイナーでこんなことやってる人は他にいない。ちゃんとファッションのスキルがある人間がやることに意味がある。」と伊藤さんは言います。

廃棄エアバッグやシートベルトを使ったバッグは同じものがふたつとしてない。


自動車から取り出されたエアバッグを見る伊藤さん

解体業者が無差別に回収するため廃棄エアバッグの大きさや形状は、バラバラです。

エアバッグを取り出すときは、強制的に起爆させて回収します。その際についてしまう火薬臭や溶けたプラスチックかすを洗浄します。どうしても落ちない場合は染色します。しかし、メーカーや車種で生地が違うため、染めムラが出てしまいます。

また、エアバッグには、形状を制御する為のステッチがあり、裁断する際にそれが紛れ込んでしまいます。染めムラも、ステッチ混入もすべて、偶然で、同じ物はひとつとしてない、唯一無二のバックになります。

それを「カッコいい」「カワイイ」と思わせることができるのは、伊藤さんがバッグデザイナーのプロとして経験を積んで来たからこそ、ではないでしょうか。

地産地消の実現―きちんと裁断くずまで見届ける

伊藤さん 「日本で人の安全を守ってきた廃棄エアバッグを海外に持ち出さないで、日本でデザインして、日本で作って、日本で売ることに意味がある。そして裁断クズまで見届けよう。」

バッグにするために裁断した後に残るごみは、日本では産業廃棄物になります。日本で縫製していれば、裁断くずも産業廃棄物として捨てられて燃やされます。

yoccatta TOKYOの初期のころは中国で生産していたそうですが、裁断くずがどうなっているかわからなかったと伊藤さんは言います。”知らないフリ”はできないと、2020年からすべての工程を日本で行うことにしたのです。こういった活動のことを「エシカルトライ」と名付けました。


クッションの中は裁断くずが入っています

廃棄エアバッグからyoccatta TOKYOのバッグになるまでにはたくさんの過程があります。手作業もとても多く、大変な仕事です。

伊藤さんは協力してくれる業者を1件1件開拓していきました。そこにあったのは「共感」です。エシカルトライへの共感で、廃棄エアバッグが生まれ変わっていくのです。

鏡に映らないカッコよさとは何か、見えないカッコよさとは何か


黒のバッグはプラスチック汚れなどがついているエアバッグを染色して作ります

数年前に「高くなってもいいから国産にして欲しい」と言ってくる人が現れたそうです。エシカルな想いを併せ持つ人が、増えてきているのかもしれません。

高度成長期から1970年代は、モノを買う消費活動が主流でした。それが1980年代後半からコトを買う消費活動がメインとなりました。そして今、次の段階へきています。その次の段階とは何でしょう。

コロナ禍で、人の価値観は大きく変わりました。恐らく今が転換期なのでしょう。次の段階の消費活動は、多分ココロを買う消費活動です。もしかしたら見えない価値というのはココロを買う消費活動なのかもしれません。「このバッグを持っていると気持ちがいい」と消費者が思うかどうか。商品の中に何が込められているのかを知り、なぜその商品を欲しいと思うのか。


yoccatta TOKYOのサコッシュ(オレンジ)

マーケティングに煽られるのではなく、技術や、デザインや、哲学があって、それが形としてあらわれて商品となっています。それをお客さんが感じ取って「高くてもいい」と言ってくれる時代になりつつあるのかもしれません。人の命を守るために表に出ることのない素材で作るバッグは、本当にいとおしい存在で、やっと表舞台に出ることができ、たくさんの人の手がかかって作られた、世界にひとつしかないバッグなのです。

大森美樹(おおもりみき Miki Omori)

日本の伝統芸能・伝統音楽公演の舞台監督を本業とするかたわら、ライターとして活動。得意分野は主に日本の伝統的、古典的なこと全般。趣味は歌舞伎鑑賞、クラシック鑑賞、寺社仏閣城めぐり、読書。近年冬は自宅で着物で過ごすことが多い。
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