連載vol.6 「牛ファースト」は合理的?インドに学ぶ循環型ライフサイクル
2024.12.04
この連載も今回で最後です。これまで「エシカルと食の、揺れ」をテーマに、環境を考える食ってなんだろう?ってことを考えてきました。
ヴィーガン(完全菜食主義)じゃなくていいんですぞ、エシカルだろうと美味しくないと続きませんぞ、みたいなことをお伝えしてきましたが、よく考えたら当たり前のことばかりでしたね。でも、こういうことはよくあります。咀嚼しないと気づけない、みたいなことは多い。特にエシカルって、正しさを追求するあまり変えられないことを変えようとしがちです。
僕は環境を考えて、肉食のコントロールをした方がいいと考えていますが、極端に肉食が良くない、とは考えていません。何事も極端は良くないです。
たしかに、現在は、畜産の供給体制が異常な事態になっています。世界の土地の四分の一が工業型の畜産に使われ、それによって森林伐採が広がり、水質汚染もひどいことになっている。この構造で一番の問題は、人間の食料に使われる農地よりも家畜の餌を作るために使われる農地が広いという点です。世界の大豆の消費は90%以上が家畜で人間は10%も食べていません。
つまりこれは、人間の肉を求める欲求が暴走し、畜産の餌のために農地を広げ環境を破壊しているということです。僕が環境負荷の観点から菜食を増やした方がいいと思う根本はここです。
でも、だからと言って肉食を悪とするのはおかしいですね。その食事には様々な文化的背景があるし、なんてったってお肉、うまいしね。
畜産家や肉を扱うお店を非難する人までいますが、本当にスーパーお門違いです。もっとスマートに共生を考えられないものか。
そこで、最終回はインドの循環型「牛社会」についてお話したいと思います。
インドで見つけた「牛ファースト」によるエシカルライフ
インド。とうとう中国を超えて人口1位の国となりました。経済大国です。都会はめっちゃ都会だし、デジタル化も進んでいます。今や世界を代表するIT企業の社長はインド出身者ばかりだし、カースト(って呼び方は外国人がつけたもので、本当はヴァルナ制)の差別も少しずつ改善されてきています。
*インドの首都ニューデリーのメインストリート。インドの人口は2024年で約14億4千万人で世界一位。
そんな成長著しいインドですが、変わらないところもあります。例えば牛の神聖視。変化はあれど宗教に密接な文化は健在です。びっくりするくらいの牛ファースト。牛肉を食べる人は当然少ないし、とても大切に扱います。特に農村では、この牛ファーストの循環型社会になっているのですが、その実態が驚きのエシカルライフサイクルだったのでご紹介したいと思いました。
教えてくれたのはスパイスを扱うスタートアップの社会起業家 樋口実沙さん。樋口さんは、世界各国のスパイス産地を巡る現地レポートを今年の3月まで1年3ヶ月続けていました。僕はスパイスに詳しい方だと思うのですが、樋口さんのレポートは本当に知らないことだらけで、原産地の一次情報に勝るものはないと強く感じた次第です。面白いので気になる人はこちら を是非。
樋口さんはインドのマディヤ・プラデーシュ州のグナという都市の外れにある村で、牛ファーストのエシカルライフに出会いました。 そこは有名なコリアンダーの生産地です。農業と牛ですから、牛糞を堆肥に使うことは予想できましたが、その予想とはちょっと違いました。原始的な使い方がそのまま残っているというよりは、オーガニック農法で土壌改良のための培養液に使われたりするのです。
*種蒔き用のコリアンダーの種。あまり知られてませんがパクチーの種です。※写真は樋口さんからのご提供。
インドは世界有数の農業大国。GDPの約18%(2023年調査)が農業関連で、雇用の6割近くが農業従事者と言われています。近年は化学肥料での生産に疑問を持つ声も強く、アグリテック企業や農業コンサルティング・支援団体の活動が盛んで、オーガニックにシフトしているそう。そこで牛糞が改めて大活躍ってわけなのです。
さらに、牛糞は固形燃料にもなります。カウダンという牛糞を平たくして乾燥させたもので、火をつけて薪といっしょに燃やすと火力がグンと上がるのです。もちろん、台所で使うのですが、全然臭くなくてむしろ草のいい香り?みたいな感じらしいです。ここは本当かよ!って疑う気持ちもあるのですが、カウダンで焼いたチャパティ(薄いナンのようなもの)は絶品という人は実際多い。牛糞は他にももみ殻を混ぜて、家の床材や外壁にも使われるそう。炭素循環としてもクリーンなエネルギーだし、家まで作れちゃうって凄すぎる。
*カウダンを作るワーカーの皆さん。※写真は樋口さんからのご提供。
さらに驚きは、農村の一部では牛の糞尿からバイオガス発電をしているのです!しかも、ソーラー電力も加えて農場単位で電力供給をまかなっていると!しかも13年前から!今では環境とコストを考えて電動スクーターを移動手段にしているそう!うそー!インドの片田舎でそんな先進的なことしているのー!ってなりました。再生エネルギー万歳。
樋口さんの取材では、インドの違う地方で、なんと30年前からバイオガス発電をしているという農家も出てきます。インドの農村地域のバイオガス発電って日本よりずっと普及しているようです。
*コンクリートのドーム状の設備でバイオガスを発電する。奥がソーラーパネル。※写真は樋口さんからのご提供。
最後に「食」です。インドの約25%の人達が、牛肉は食べないが乳製品は食べるラクト・ベジタリアンと言われています。ヒンドゥー教やジャイナ教の不殺生の影響からですが、野菜中心の食生活に乳製品は貴重なタンパク質の供給源です。
インドで直接牛乳を飲むということは少ないですが、チャイやラッシーなどの乳製品を使った飲料は毎日飲みますし、料理でも多用します。
乳製品の種類だけでも、バター、ヨーグルト、ダヒ(ラッシーに使われる発酵乳)、ギー(インドのバターオイル)、パニール(インドや中東のカッテージチーズ)などなど沢山ある。一部では「肉は食べなくて済むが、ヴィーガン(完全菜食主義)には生きづらい」と言われているんだとか。なんだかちょっと皮肉です。
合理的な牛ファーストが開く未来
さて、ここまでで牛が人間に凄まじい恩恵をもたらしてくれるということがよくわかりました。で、先日インド帰りの樋口さんとお話する機会があったんですが、その時、ハッとすることをおっしゃっていたんです。
「初めから宗教として牛を食べちゃダメだった訳じゃなくて、本当は合理的じゃないから食べちゃいけないとなったのかも」
つまり、宗教の禁忌が最初じゃなくて、もしかしたら発端は牛と共生した方が生活が豊かになるので、その考え方を宗教を通じて広げたんじゃないか?というお話でした。
*宗教の教えも、いろんなものが混ざり合い時代と共に変わっていく。紀元前は肉を食べていたという論文もある。
すごい納得。イスラム教徒が豚肉を食べない規律も、実は同じようなことが言われてたりします。豚は牛や羊のように胃袋を複数持っていないので人間と食べる作物が被ってしまうことや、飼育には大量の水が必要で水がないと糞尿で身体を冷やすので、伝染病の温床になりやすいことなど、とにかく砂漠地帯の飼育に不向き。だから、豚はイスラム教徒が多い砂漠の民にとって合理的な家畜ではないんです。
なんとなく、この合理性に僕は「エシカルと食」のヒントがあるように感じました。人間は欲望を簡単に捨て去ることができません。だから当時は宗教のOSに載っけて広めたんだとしたら、現代は資本主義のOSです。そのまま、思想ではなく、合理性を載せればいいのではないか?それはロジカルであることで、つまり「何が得か?」を突き詰めることです。その結果、普段の食事が、エシカルな食事へ変化している、そんなことがあるのかもしれません。ちょうど如何に身体に悪く、不道徳であるかを謳い成功した禁煙キャンペーンのように。
と、ここまで色々書いてきましたが、肉食を減らして、たまにいい肉を食べる、それでいいんだと思います。連載全6回、ありがとうございました。
協力:合同会社Spiceful Co.(スパイスフルコー)樋口実沙 HPはこちら
タケナカリー 連載「エシカルと食の、揺れ。」
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タケナカリー(竹中 直己)
株式会社食欲代表。 カレーやスパイスに関わる執筆、 レシピ開発、商品企画、イベントプロデュースなどを手がける。 Podcast「カレー三兄弟のもぐもぐ自由研究」配信中。著書にSFカレーファンタジー「少し不思議なカレーの物語」(鴎来堂)がある。好きな概念はカレー。