連載vol.3 若者の間で、ナス、ヤバいらしいっすよ。
2024.09.17
前回の連載記事では、プラントベースが環境を守ることを目的とするゆるい菜食主義であるならば、魚の出汁は使ってもいいんじゃないか、ということを書きました。いろんな反響があり嬉しかったです。
出汁になる食材を魚介だけではなく動物の骨まで範囲を広げて、そのジャンルを「ブロス・タリアン」と呼ぶのはどうだろう?という意見がありました。ブロス=出汁ですね。海外でも骨出汁が見直されているそうです。たしかに日本に留まらずわかりやすいし、フードロスにもつながりそう。
一方で、あまり歓迎したくないという意見もありました。意外にもヴィーガンの方からではなく、アニサキスアレルギーの方からでした。アニサキスのアレルギーになると魚介系の出汁が入る料理が食べられなくなり、その患者は日本だけでも100万人以上いる可能性が出てきたそうです。そのうえで、出汁の使用が曖昧になるような食文化は増やしたくないというお話でした。
そんなに患者がいるのか......という驚き。先進国で特にですが、食にまつわるアレルギーは増加傾向にあります。ここも視野に入れないと多様性という観点からはズレてしまいますね。食は個人的でいいがゆえに難しい。でもこの摩擦は良い摩擦だと思います。
好き嫌いは、ほっといて。決めつけも変ですよ。
食は個人的でいいと言えば、日本って偏食や好き嫌いをダメとする傾向がまだ強いですよね。単純に戦後教育がそのまま続いちゃったということだと思うんですが、現代は宗教やアレルギーによる食の制限を肯定する社会になったので、それを常識とするのは配慮が欠ける時代になりました。
また、嗜好の問題だったとしても、ほっとけや、だと思います。誰にも迷惑はかけていません。
それと「これ好きでしょ?」みたいな決めつけも良くないですね。若い人は味より量、とか、肉を食べさせておけばいい、みたいな感覚です。僕はお肉も食べますが、これに出会うと本当にお肉に失礼だなと思ってしまいます。特に身体が大きい人に対しては、この決めつけが強い気がしますね。
世界的に見れば、ぽっちゃりさんのヴィーガン、プラントベースって沢山います。インドのラクト・ベジタリアン(乳製品だけ食べるが肉は食べない)は人口の25%はいるそうだし、欧米社会でも炭水化物がとても好きだけど、肉は食べないって人は多い。
AIが「炭水化物が大好きな菜食主義のぽっちゃり男性」というプロンプトに応えた画像。いい感じなんで貼っておきます。
いやいや日本の話だから、という人もいそうですが、それもおかしな話です。最近も脂身や牛肉が食べられない友人が会食に呼び出されたら焼肉店で困ったとか、商店街のお祭りでカッピカピになった鮨を遠慮なく食べろって言われたとか、被害者の声は尽きません。そして、こういう時は高確率でフードロスが起きてます。さらに言うと、それを良かれと思っているあたりが悲劇を大きくしているんですよね。
どういう理解を得られたら、こういうミスマッチが無くなるんでしょうか?
それは、たぶん、「ごちそう」の共感だと思います。〇〇が好きな人って多いんだ、◯◯ってごちそうなんだ、という「ごちそう」アップデートがもてなす側におきないと、このOSは変わりません。
そこで、ちょっと極端ですが自分が菜食主義としての「ごちそう」を提示するならなんだろう?そんなことを考えてみました。菜食の「ごちそう」って、一番わかりやすく「え!これでうれしいの!?」ってなりそうです。この一矢が、肉をいっぱい食えればいいんだろ、みたいなところからは距離を作ってくれそうな気がします。
動物性食品無しなら、何が「ごちそう」か考えてみる
まず、この場合の「ごちそう」ですが、特製エスニックソースの白トリュフ天ぷら1個1万円!みたいなことではなく、もっと普段の「ごちそう」に近いニュアンスです。そこでしか食べられないのではなく、再現可能な「ごちそう」なので食材から想起していきます。
パッと思いつくのはアボカドですね、トマトと合わせる定番もありつつ、わさび醤油にも合う。なんてったって鮨にもできます。他にはジャガイモ。イモには夢があります。余談ですが、シェーキーズのポテトフライは、世界で一番うまいポテトフライだと思っています。
でも、いろいろ考えた結果、僕の中ではナスですね。原産国はインドで、日本では奈良時代から夏野菜として君臨し続けるスターです。
いくつか大好きなナス料理をご紹介しましょう。
- ナスのココナッツアチャール
先にココナッツを炒め最後に混ぜる。油の量にひるんではいけない。
僕はカレー三兄弟というユニットを組んでいるのですが、次男の福岡さんは、異常な油を吸ったナス信者です。本当に食べ終わったらペロペロお皿を舐め回すくらい好き。その彼が、南インドのアチャールから着想を得て作ったメニューがこちら。ナスを角切りにして、にんにく、ココナッツファイン、スパイスと炒めて、最後にお酢を入れるもの。
これが本当に美味しい。ナスって圧倒的に油との相性がいいんですよね。油でとろとろになるナスはごちそうです。モリモリごはんが食べられる。
- ババガヌーシュ
ニンニクとナスの相性がとてもいい。こちらのトッピングは山椒。
中東諸国、地中海地方あたりで食べられているナスをペーストにするアラビア料理です。ナスを皮が真っ黒に焦げるまで直火で焼いて、冷ましてから潰し、レモン汁、タヒーナ(日本で言う練りゴマ)、オリーブオイル、すりおろしニンニク、好みのスパイス・ハーブを混ぜ合わせて作ります。意外と作るのは簡単。とろーり、こってりで非常に美味。ゴマもオリーブオイルとの相性バツグンで、ピタパンに合わせて食べますが、ワインのお供としてもヨーロッパでは有名です。
- ナスの煮浸し
こちらも油がいい仕事をする。油は太白ごま油推し。
言わずと知れた和食の名作。めんつゆ、鰹節を使うことが多いですが、使わなくても美味しくできます。最初に油で炒めてから、醤油、みりん、酒、酢を水で割って好みの濃度にして煮るだけ。ポイントは弱火で20分〜30分しっかり煮ること。僕は練り辛子をアホみたいにつけて食べるのが好きです。一般的に冷やす料理ですが、意外と出来立てをごはんにかけて食べるのも美味しいのでおすすめ。
やっぱりナスはごちそうです。油との共演としては右に出る野菜はいないんじゃなかろうか。ナスと白米、ナスのパスタ、ナスのピザ、など炭水化物との相性もいいです。
というわけで、会食の話が上がって、何か不穏を感じたら「肉もいいですけど、ナスが食べたいな」とか「今、若者の間では、ナスがヤバいらしいですよ」って言っておきましょう。
食事の制限は、簡単に体験できる。
さて、ナスに夢中になって駆け抜けてしまいましたが、これは思慮が浅いおもてなしハックという理解だけでなく、こういう食の制限を自分ごとにしてみるってことが大事だと思っています。ここから食とエシカルの揺れは感じ取れます。
「自分は焼肉が好きだから菜食主義の気持ちがわからない」とか「仏教徒なんでイスラム教の豚が食えない、酒が飲めないとか無理」とか「アレルギーじゃないからやっぱりわからない」とか、そういうのは一度置いといて、食の制限を試してみればいいんです。
食の制限を受け入れるというのは、何かの当事者になるということです。食べることだけは、デジタルからは摂取できません。食は最後のアナログと言っている人がいましたが、本当にそうだと思います。
もしかしたら、最初は制限を「面白がる」ということかも知れません。でも、それでもいいと思います。そこから気づけばいいんです、誰かの規律や、誰かのアレルギーによる困難を。
だから、体験から誰かの個人的な食を知ると、その人に優しくなれると思うんですよね。
タケナカリー 連載「エシカルと食の、揺れ。」
PROFILE
タケナカリー
CHANCE THE CURRY代表。カレーやスパイスに関わる執筆、 レシピ開発、商品企画、イベントプロデュースなどを手がける。 Podcast「カレー三兄弟のもぐもぐ自由研究」配信中。著書にSFカレーファンタジー「少し不思議なカレーの物語」(鴎来堂)がある。好きな概念はカレー。
https://www.instagram.com/takenacurry
都築千佳