海を守る真珠 acoyaアコヤ
2023.12.10
海に臨みながら光るブレスレットは、長崎県の大村湾、別名「琴の海」を守る真珠のブランド、「acoya(アコヤ)」のもの。海を守るために人生を捧げ、個性的で魅力的、そして世界でただひとつの真珠をあしらったジュエリーを世に送り出している大地千登勢(オオチチトセ)さんのエシカルストーリーをお届けします。
運命的な「瀕死の美」との出会い。
日本一の豊かさを誇る有明海のお隣りの内海である大村湾は、旅で訪れた頼山陽(らいさんよう・江戸後期の儒学者で詩人)が船中句で琵琶湖と対比させ琴湖と詠んだことから「琴の海」と呼ばれるようになった山に囲まれた静かな海。お菓子のプロジェクトで長崎平戸を訪れた大地さんでしたが、その会場に東彼杵の役場の方が参加されていて、”私たちの町も見てほしい”といわれ、それから1年ほぼ毎月通いました。好奇心に駆られいろいろな人に会って話を聞いているうちに大村湾は、「具足玉の国(そないだまのくに)」(美しく揃った珠の国の意)と言われ1300年も前から献上品として続く真珠の歴史があったこと、日本を代表する真珠メーカーの1つTASAKI(タサキ)の発祥の地でもあり、当時すでに真円真珠の養殖に成功し世界の市場にでていたこと、ミキモトも母貝を大村湾から運んでいたことを知りました。それほど真珠養殖産業で栄えていた琴の海・大村湾の東側ですが、現在は「松田真珠養殖」1軒だけになってしまった事実を大地さんは目の当たりにしたのです。
真珠産業に壊滅的な打撃を与えている原因は、気候変動や有害化学物質の流入や潮の流れの変化など、人間の生活による悪影響が及ぼした海洋環境の劣化。真珠貝が育たなくなっていたからです。
万葉のころから「しらたま」と呼ばれた真珠は、このままでは絶えてしまう。なんとかしなければ。
もともとフランス人バイヤーのアシスタント。その後ヨーロッパのジュエリー文化を学び、アートとしてアーティストジュエリーをキュレーションするお店や建築デザイン事務所で働いていて、芸術、文化人類学、民俗学が好きな大地さん。真珠の歴史をリサーチしていったところ古代の文脈に辿り着きました。真珠はまさに日本の私たちの古代のコンテクストから魂そのもの、人間とおなじ海からうまれた命、海の美しさそのものということを発見しました。それが環境破壊でなくなってしまうとは、私たちの大事な魂・心が消えてしまうことと同じ。また海の民として生きてきた私たちの文化は海から大きな影響をうけており、この海の営みがなくなるとは、本当に大変なことだと思ったそうです。
真珠のことを教えてくれ、なんとか良い真珠を健康な海から育み育てたいと奮闘している松田さんの力になりたい。琴の海を守りたい。そのために、真珠を命として伝えるデザインを作りたい。海やあこや真珠と人との深いつながりをもっと知ってもらいたい。大地さんは知恵を凝らし始めました。
生命は全て異なり、儚きもの。人も真珠も。
そして、それまで培った人脈をフルに活用して、海の中で育ったありのままの真珠を身につけられるジュエリーをデザインして「acoya(アコヤ)」と名前をつけ、販売することにしました。英字で「acoya」としたのは「あこや真珠」を世界中の人に知ってもらいたい、また、「k」ではなく「c」にしたのもブランド名に込めた大地さんの思いがあるからです。ありのまま、というのは、ジュエリーとして売られている真珠のほとんどが様々な処理をしていると知ったからです。処理というのは、調色、染色、着色、漂白、研磨、シミ抜きなどのこと。ありのままの琴の海の自然を守りたいから、acoyaでは真珠の調色はしないで、自然のままの色・形を身につける人に楽しんでもらいたい。その方が自然だから。そして、理解は得られると思うから。こうしてアコヤガイそのものの持つ色と輝きになるべく手を加えず、最大限にその美しさを引き出すデザインをほどこして作る、海を守る真珠「acoya(アコヤ)」が誕生しました。
不揃いという貴い価値。
母貝であるアコヤガイを育てるのは3〜4年かかります。その中に核をそっと入れて大事に大事に珠を育てるのに7〜8ヶ月。長い時間をかけ、やっと育つ美しい真珠と、もうひとつ、核を入れていないのに虫や砂が母貝に偶然に入ったことで採れる小さな真珠の粒を「ケシ」と言います。その価値は核を入れてつくる養殖真珠を上回るとても貴重なもので、稀少な存在です。acoyaは自然の奇跡である「ケシ」の魅力も引き出しています。
翼をもつ真珠、ウィング。
「ケシ」ともうひとつ特徴があるのがこのウィングと名付けた突起のあるあこや真珠。養殖真珠のおじさんたちが、この突起の部分を「ハネ」と呼んでいたことに由来します。真珠の生命力がグーンと飛び立つように感じた大地さんは「ウィング」と名付けました。夢を追い駆け飛び立とうとしている若い人のお守りとしてぜひ身につけてほしいと思い込めて制作したそうです。
ロビイングも辞さずにあの手この手で。
それにしても真珠を売ることと、大村湾・琴の海を守ること同時取り組むのはさぞかし大変だろうと思うのですが、それでもやると決めたからには、まず地方自治体にも働きかけたり、NGOに協働のお願いにいったり。「思いつくこと、できることはとにかく全部やってみるんです」と気丈に微笑む大地さん。もちろんロビイングも粘り強く続けているのだそうです。
誇りをもてる美しい仕事を社会福祉施設の方々とともに。
この蝶のイヤリングはギリシア神話の女性の神様の名前から「プシュケー」と名付けられました。プシュケーとは、魂、息、そして蝶を意味します。作っているのは、全国で唯一真珠の加工を専門におこなう障害者支援施設、社会福祉法人大村パールハイムです。大村出身の株式会社TASAKIの創業者である田崎俊作氏によって1975年に設立されました。多様なひとが助け合いながら一緒に大村湾・琴の海の自然を守る、そのイメージを実現するために製作をお願いしています。
オランダで支持されて。
長崎には出島があり、オランダと交易をしていた古都です。あの有名なシーボルトも琴の海でアコヤ貝を食べて真珠を発見しています。そのオランダ・アムステルダムではいま環境コンシャスなアーティストたちの間で、海を守る真珠 「acoya」 を身につけることが流行っているのだそう。エシカルなものを首尾良く見つけるオランダのアーティスト達の感度の高さに感服します。特に肩から斜めにかけるとてもとても長い真珠と、短い翼(ウィング)のついた真珠のネックレスが男女共に人気だそうです。
エシカルファッションをしなやかに楽しむオランダのアーティストたちのように、海を守る真珠 acoya が日本の街のあちこちで見られるようになること、そんな大地さんの願いが叶いますように。